お布団大好き

推しへの愛の備忘録

ガチ恋においての恋人の存在

(※この記事には超個人的なことが含まれますので苦手な方や興味のない方は飛ばしてください)

 

私は今までこのブログ内で、散々"ガチ恋"と綴ってきたが、ついにそのガチ恋を名乗れなくなってしまった。

私事だが先日恋人ができた。かなり前の記事に好きな人のことを書いたのだが、その人と縁があり付き合えることになった。私としては1年越しの思いなのでそれが叶ってとても嬉しい。

嬉しいのだが心の中で、ずっと推しのことがひっかかっている。今までガチ恋だと豪語し、ガチ恋が故に1人被害妄想に陥り悲しい思いもしてきたのだが、こうあっさり自分に恋人ができるとなんだか(自分勝手な思いではあるが)推しのことを裏切ってしまったような気がしてならないのだ。

推しからしてみれば、顔や素性をよく知らない会ったことのない人間に勝手に恋心を抱かれていたのだから、気持ち悪い以外の何物でもなかっただろう。その人間に恋人ができようが出来なかろうが推しには関係の無いことだし、もしかしたらせいせいするかもしれない。だけど、推し一筋、推しだけを応援すると言っていた自分の気持ちはそれほど軽いものだったのか?と思うと、勝手な罪悪感を抱いてしまう。

これはただひたすらに自己満足で応援していた1ファンの自己陶酔とエゴが入り交じった気持ちの悪いものだが、私が純粋に推しのことを応援していた気持ちまで嘘に思えてしまうのが自分の中で解消できずに居心地悪く残っているのだ。

恋人のことは大好きだ、それこそ推しに出会う前から私は彼のことが好きだった。それでも推しに出会って一目惚れをして人生が変わってすべてがうまく行きそうだと感じてずっと応援しようと心に決めたのに、それは私の中ではずっと軽くてどうにでもなってしまうものだったのだろうか。

ガチ恋、と言ったら恋人に対して失礼だからこれからはガチ恋とは言えない。しかし推しのことを大好きなことに変わりはない。自分でも何が言いたいのかよくわからないが、今の私の中で恋人に対しての"好き"と、推しに対しての"好き"の違いが曖昧でぐちゃぐちゃになってしまっているのだと思う。

きちんとこの気持ちに整理がつくまでは、少し推しのことを考えるのをやめてみようかと思う。

ガチ恋においての恋人の存在について、今一度じっくり考えて自分の中で答えが出せるようにしたい。